先週の水曜日の記事になります。
まずは尾久駅へ。
EF65 1104が東北2番に入線。前にはEF64 1053が連結されています。
2021年3月5日発の我孫子工臨を最後に運用を離脱していた同機ですが、遂に旅立ちの日がやって来ました。
程なくして信号が開通。多くのギャラリーに見守られ、尾久駅を後にしていきました。長野までの最終行路のはじまりです。
このあと列車は東大宮操へと向かい、向きを変えて武蔵野線へ。国立支線を通って中央線に入り、あとは中央線をひたすら下っていきます。電車で追いかけるにも十分な余裕はあるのですが、昼飯を食べたり切符を買ったりしているうちにどんどん時間がなくなり…、
配9441 EF64 1053+EF65 1104 上野原~四方津
四方津でようやく2発目。主役は後ろのPFですが、一応前からのカットも…、ということで。1053号機が動いているところを見るのも随分と久々な気がします。
振り向いてもう1枚。尾久を発ってから3時間、まだまだ先は長いです。
猿橋の停車で先回りし、今度は勝沼ぶどう郷へ。土砂降りだった雨もいつしか止んで、笹子川には虹が架かっていました。
さて、勝沼ぶどう郷と言えばEF64 18。久々の対面ですが、退色が随分と進んでいました…。
現在、現役時代の姿を取り戻すべくクラウドファンディングが行われているとのことです。
そんな18号機の横をEF65 1104が通過。これが最初で最後の対面でしょうか…?
この後は上手いこと追っかけの電車が繋がらないので、勝沼で小休止。駅の周辺をうろうろして時間を潰します。
こちらは駅を出て右手にある旧勝沼駅のホーム跡。1968年頃まで行われていたスイッチバック運転の名残です。勾配上にホームを設置することを避けるため、勝沼駅に停車する列車はこの旧ホーム跡がある場所に進入し、通過する列車は現在の本線を突っ走っていく、という構造になっています。
駅名標の右側に書かれている「はじかの」は現在の甲斐大和駅のこと。1993年4月1日に「初鹿野」から「甲斐大和」に改称されています。また、同日にこの勝沼駅も「勝沼ぶどう郷」駅に改称されました。
訪問した時間がちょうどよかったのか、柵の影が線路のようになっていました。
続いて駅舎。1980年から使用を開始した駅舎とのことですが、近代的といいますか、随分とオシャレなデザインになっています。
改札を出てすぐ右手ではぶどうが栽培されています。
そうこうしているうちに列車の時刻になったので、追っかけ再開。普通列車と特急を乗り継いで下諏訪でようやく追い越し…、
松本でバルブ。思ったよりは混んでおらず、無事に撮れてなによりです。
横からも1枚。
列車はここからラストスパート。篠ノ井線を進み、終着の長野へと向かっていきます。自分も後を追っていき…、
最後は明科駅で回送車票を。記事欄に書かれた「3955695.2km」は今までの総走行距離とのこと。地球1周4万キロとすると約99周分、とてつもない距離を走ってきたんですね…。
さて、明科駅で1104号機を見送った後はのんびりと篠ノ井線を進んでいき、終点の長野駅へ。
まもなく運用を離脱するらしいS16編成が停まっていました。スカ色の電車を見るとなんだか落ち着きますね。
ということで、EF65 1104の廃車回送を尾久から長野(厳密には明科ですが…)まで追っかけてみました。追っかけの割には随分と寄り道が長かった気もしますが、見慣れた車両の最期をしっかりと見届けられたのはよかったなと思います。近いうちに1104号機の過去写真をまとめて記事にしようかなと考えているところです。だいぶ先になってしまいそうな気もしますが…。とりあえず、この記事はここでおしまいです。
さよなら EF65 1104