前回の続きです。
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さて、昼の部が終わり新砂踏切の横まで戻ってきたわけですが、周辺に時間を潰せるような場所はない上に荷物も多かったので、そのまま踏切の脇で待機することにしました。写真を見返しているうちに夕方の部の受付開始時間になったので再び係員の方に挨拶をして新砂踏切の脇の道を進みます。30分ぶり、2回目の越中島貨物駅です。
昼の部の行きに見るのを忘れていた新小岩保線技術センターと新橋保線技術センターの境界杭を眺めつつ、再び受付場所に向かいます。昼夜両方参加する人なんかいないのでは…、と思っていたので受付の時に勝手に気まずさを覚えましたが、両方参加の方もちらほらいらっしゃったので安心しました。
程なくして集合時間となり、昼の部と同じ流れで撮影会会場へと向かい、テントで撮影会の説明を受けます。気合いを入れ直し、第2ラウンドのスタートです。
夕方の部も最初は3並びから。せっかくなので今回はビデオで録ってみましたが、動画は貼れないので合間に撮った写真を掲載しておきます。
ビデオ撮影が一段落した後は昼の部の延長戦のような気分で各所をウロウロ。生憎夕方の部のセールスポイントの1つだった夕景は拝めませんでしたが、雨が止んだだけでも御の字でしょう。
積卸作業場の様子も遠目ながら見ることができました。チキ6099・6421ユニットと検査期限切れのチキ6000形5両が留置されています。
エンジン起動・前照灯点灯実演の終了後は3並びの1両目のあたりまで立ち入ってOKとのことだったので、横からも何枚か撮影してみました。ここからだと国宝ST-1編成のレール積下装置がよく見えます。手前のチキ7074には臨時検査票が入っていました。
3並びを一通り堪能したところで、今度はTMC500Wの元へ。間近で撮れる最初で最後の機会、悔いの残らないようシャッターを切りまくりました。
製造番号的に兄貴分にあたるTMC500W 307(製造番号63)。製造は1981年9月、40年以上にわたって活躍してきました。
そして弟分のTMC500W 308(製造番号64)。こちらも1981年9月製造となっています。
「越中島のイヌ」としてなかなかの認知度を誇っているこのモーターカーですが、登場時からこの絵柄だったわけではなく、どうやら一昔前は黄色一色だったようです。
なぜ犬の絵柄になったのかはよくわかりませんが、今ではすっかり越中島のアイドル的存在として定着したと勝手に思っております。
そんなTMC500Wともこれでお別れ。TMC500Wは製造番号63・64の2台しか製造されていないので、自動的に形式消滅ということになります。
…、などと色々考えているうちにいつの間にかLT-1編成のエプロン動作実演の時間に。こちらも夕方の部はビデオを録ってみたのですが…、
今回は尾灯が点灯。実際に現場でレール取卸しを行う際の仕様を真正面から拝むことができました。やっぱこれですよ。かっこよすぎて卒倒寸前でした。
ビデオを回しつつ、細部も観察。
明るい場所でエプロン展開状態を観察するのはほぼ不可能と言っても過言ではないですからね…。
さて、昼の部はエプロン動作実演後に少しインターバルがありましたが、夕方の部は間髪入れずにTMC500Wのヘッドマーク掲出が行われました。
これで本当にお別れです。最初で最後の晴れ舞台に立ち会うことができて本当によかったなと思います。
そして撮影会の終盤。日没の時間となり、撮影会はクライマックスを迎えます。
まずは正面から。バルブだと保守用車標識灯が必ず点灯状態で写るので楽です。
続いてロンキヤ側から。こちら側からだとわかりにくいですが、ロンキヤの荷台の照明が点灯していました。
反対側に移動してキヤE195系量産先行車の並びを。夢のような並びを夢のような場所で撮影できたこの経験は一生忘れません。
TMC400A 30もバシッと1枚。この時間にはかなり薄暗くなってきまして、かっこよさ倍増です。
最後は3並びで〆。薄暗い越中島貨物駅に佇むレール運搬事業用車たち。今回のイベントを象徴する、お気に入りの1枚になりました。
これにて夕方の部が終了。露光時間が長くなる分、昼の部よりもあっという間に終わってしまったような気がします。なんとも名残惜しいですが、機材を片付けて受付場所に戻ります。
受付場所に戻った頃には周囲もすっかり暗くなっていました。ヘルメットとチョッキを返却して、お土産を受け取り、越中島貨物駅を後にします。夢にまで見た越中島貨物駅でのイベント『初公開!レール運搬事業用車撮影会in越中島基地』が幕を閉じました。
潮見駅への帰り道、ここに至るまでの様々な出来事が思い起こされます。突然の撮影会開催宣言、生活の合間を縫ってJRE MALLにアクセスしまくった3月上旬、天気予報に絶望させられ続けた2週間。ハラハラが止まらない1ヶ月間でしたが、こうして何もかも無事におわることができ、心の底からホッとしました。
そんなことを考えつつ、潮見駅に到着。真っ暗で車窓からは何も見えませんでしたが、夢のようなひとときを過ごさせてくれた越中島貨物駅に感謝と敬意を表しつつ新東京トンネルへ。名残惜しいところではありますが、大量の写真・動画編集が待ち受けているので足早に帰路につきました。
ところで…、
いただいた「お土産」にはこんなものが入っていました。キヤE195系1000番台のペーパークラフトと行先票が2枚。ペーパークラフトがガチ過ぎてびっくりしました。作るのが勿体ない気すらしますが、せっかく昼夕の部で1枚ずついただいたので、1つはそのままで、もう1つは10年来の知人に作らせ 作っていただこうと考えているところです。
そしてなんといってもこの行先票。当然ですが手に取ったことがなかったので、思いのほかデカくてびっくりしました。キヤ工臨には使用されないので今では見かける機会がほとんどなくなったこの車票。2017年夏頃まで使用されていた発駅が「小名木川」のタイプと、それ以降チキ工臨廃止まで使用されていた発駅が「越中島貨物」のタイプが1枚ずつ入っていました。品名に「レール」が印刷されたタイプは見たことない気がするのですが、使った実績があるんでしょうか…?
お土産だけでも撮影会代の元が取れそうです。本当にありがとうございます。
長らく撮り鉄をやってきた中でどうしても叶えたかった1つの夢。半ば諦めかけていた部分もありましたが、それでも信じ続けた夢が叶いました。
この夢のようなイベントを開催してくださった全ての関係者の方々に最大限の感謝と敬意を表します。
本当にありがとうございました。