前回の記事の続きです。
8年ぶりの秋田総合車両センター公開を満喫したあとは土砂降りのなか土崎駅へ。予報の通り午後からは冷たい雨、降り始める前に一通り回れただけでもよかったかなと思いつつ秋田駅に戻ります。
碓氷峠マニア氏が車を回送してくる間に酒とつまみを買い込みまして、この日のメイン会場へと向かいます。
途中、小坂JCTで盛岡方面に向かうべきところを誤って青森方面に異線進入し碇ヶ関ICまで強制連行されるアクシデントもありましたが、無事に小坂ICに到達。マックスバリュで食料等を買い込んでいるうちに雨も上がりまして、いよいよ目的地へ。

初訪問の小坂鉄道レールパークです。
1909年に営業を開始した小坂鉄道。メインルートの小坂製錬小坂線は秋田県の大舘駅から小坂駅へと至る貨物鉄道路線で、主に鉱石や濃硫酸の輸送を行っていました。2009年4月に営業が廃止となり、2011年に小坂町が跡地を借り受ける形で「小坂鉄道観光活用事業」が発足。そして2014年6月、小坂駅跡地に「小坂鉄道レールパーク」がオープンしました。
小坂鉄道の歴史を現世に語り継ぐ重要な鉄道遺産であることは言うまでもないのですが、もう1つこの施設を語る上で欠かせないものがあります。

…、これです。入口で姿を見た瞬間に悲鳴を上げました。

「ブルートレインあけぼの」です。

小坂鉄道レールパーク開業の翌年から営業を開始した「ブルートレインあけぼの」。かつて寝台特急あけぼのに使用された24系客車に宿泊できる、夢の施設です。全国にブルートレインの保存車は多数存在しますが、この施設は様々な点で一線を画す存在となっています。それはまた後ほど書くとして…。

まずは「あけぼの」のご紹介から。
「あけぼの」は1970年より運行を開始した寝台特急で、上野~青森間を東北本線・奥羽本線経由で結んでいました。1973年10月に上野~秋田間、1982年11月に上野~青森間(急行 津軽の特急格上げ)がそれぞれ1往復増発。1988年3月の青函トンネル開業までの約5年半は3往復体制で走っていました。
その後、1988年3月に上野~青森間が1往復減便。1990年9月には山形新幹線工事着工により1往復が東北本線・陸羽東線・奥羽本線経由に変更。もう1往復は高崎・上越・信越・羽越・奥羽本線経由に変更されるとともに列車名が「鳥海」に変更となり、「あけぼの」は1往復体制へ。そして1997年3月の秋田新幹線開業により東北~奥羽本線経由の「あけぼの」は廃止となり、「鳥海」として運転されていた高崎~奥羽本線経由の列車が「あけぼの」に改称されました。

最後の1往復となった「あけぼの」。他のブルートレインが乗客減少を理由に続々と廃止されていく中でも根強い人気があったようで2010年の東北新幹線新青森開業後もしばらく運転が続きましたが、やはり時代の流れには抗えず利用者減少と車両の老朽化を理由に2014年3月15日のダイヤ改正をもって廃止が決定。以降は臨時列車として繁忙期のみの運転に切り替わりました。

ブルートレインの臨時化 = そう遠くないうちに廃止 というのがお決まりのようなもので、臨時列車としての「あけぼの」もやはり長続きはせず。2015年1月4日の運転をもって事実上の廃止となりました。
その4ヶ月後の2015年5月、「あけぼの」で使用していた客車のうち4両がこの小坂鉄道レールパークに搬入され、同年10月にB個室寝台の宿泊営業を開始。冬季の休業を経て翌2016年4月にA寝台個室の営業も開始されました。

初めて見たブルートレインは「富士・はやぶさ」でしたが、撮り鉄を本格的に始めた時に残っていたブルートレインがこの「あけぼの」と「北斗星」でした。「北斗星」は「あけぼの」と同じ24系の列車ですが、個人的にはどちらかというと豪華列車寄りのイメージがありまして、表現が適切かわかりませんが純粋なブルートレインとしての最後の生き残りが「あけぼの」だと思っていました。それ故に強い魅力を感じ、暇を見つけてはコンデジ片手に朝の上野やら大宮に行っていた覚えがあります。
一眼レフでの記録もそこそこ残せているのですが、乗車することは最後まで叶いませんでした。当時は乗り鉄にそこまで興味がありませんでしたが、1回くらいは乗っておきたかったなあ…、という想いは年々強くなる一方でした。

そんな想いが廃止から10年後の2025年に叶ったのでした。「ブルートレインあけぼの」に乗って時空旅行に出発です。

「ブルートレインあけぼの」は4両編成で、手前からB寝台開放オハネフ24 12・B寝台個室オハネ24 555・A寝台個室スロネ24 551・電源車カニ24 511の編成となっています。

単なる保存車ではなく宿泊営業を行う車両ですので、当然に電源が入っている「生きた」状態です。闇夜に浮かぶテールサインが涙ものです。

カニ24 511のテールサインももちろん点灯。現役時代は朝の2022レを撮る機会が多かったので、オハネフよりカニの顔の方が馴染みがあります。もっともこのカニ24 511が「あけぼの」に充当される機会が少なかったようですが…。

先ほど国内に24系の保存車は多数存在すると書きましたが、電源車を保存しているのはこの小坂鉄道レールパークのみです。電源車に乗客は乗せられないので、宿泊営業という観点で言えばただ置いてあるだけの車両ということになります。それでも、維持費をかけてでも電源車を保存しているというのは、「あけぼの」を編成として残したいという想いが強く感じるわけであります。

それにしても、本当に駅に停車しているかのような光景です。いや、ここも駅なんですけどね。

続いて側面幕のご紹介。スロネ24 551は 特急あけぼの 青森。

オハネ24 555は 特急あけぼの 上野。

オハネフ24 12は 特急あけぼの 秋田となっています。1988年に2往復化されるまで走っていた秋田行き、末期にはお目にかかれなかった貴重な幕です。

さて、いよいよ車内へ入ります。今回宿泊したのはB寝台個室のオハネ24 555、いわゆる「ソロ」の寝台です。

ソロは2階建てのような構造となっており、今回は下段の個室を利用しました。造りとしては現在も走っている「サンライズエクスプレス」のソロに近いイメージです。

宿泊施設ということで表記類が追加されたりはしていますが、現役時代の姿がそのままに残っています。ちなみに寝具についてはセルフサービスで、向いの駅舎から持参して自分でベッドメイキングをする形となります。綺麗に敷くのは至難の業で、実際に運行に携わっていた方々のすごさを体感することができます。
宿泊施設として利用できるのはこのB寝台個室と隣のA寝台個室ですが、宿泊者はB寝台開放も休憩スペースとして利用することができます。

こちらも現役時代の姿がそのままに残されています。個室内の飲食はNGですが、B寝台開放では飲食が可能となっています。ちなみに利用時間は22時までです。
向かい側の駅舎も共用スペースとして利用可能で、電子レンジやポット、シャワー室が併設されているほか、共用の電源コンセントもあります。個室内にコンセントはないので、スマホ等の充電は共用コンセントを利用するかモバイルバッテリーを持ってくるかの2択になります。

宴会を終えて外に出ると、24系が静かに佇んでいます。

寒さも忘れて、しばらくハネを見ながら酒を楽しみました。後ほど紹介しますが、向かい側にはホキもいるので、ホキを見ながらの飲酒も可能です。

こうして2日目(既に3日目に突入していますが)が終了。個室に戻り、眠りにつきました。
つづく。