2015年も残すところあと10日ほど。ということで、今年撮った写真とともに今年の鉄道界のできごとを振り返っていこうと思います。
枚数と区切りがちょうどよかったので3ヶ月ごとの4部形式でやっていく予定です。ではさっそく1~3月の振り返り、いってみましょう。
2015年1月、1つの列車が歴史に幕を閉じました。
ちなみにこの日はDL・SLレトロ碓氷が運転されました。信越線で12系の列車が運転される機会はだいぶ減ってしまいましたね。
この日は2015年最初の下り宇都宮配給がありました。牽引機はEF65-1103。まだ小山Bができた頃ですね。今年は宇都宮配給が荒ぶった1年でしたが、この頃はまだ上下ともPF牽引の状態が続いていました。
そして2015年最初の水戸ホキは80号機。この頃はまだ土浦停がありました。
逗子からはE531系が出場。2本まとめての出場も懐かしいですね。
そして1月の締めくくりはこの水戸チキ。釜も条件も素晴らしかったですね。
2月初頭にはSRCの試運転がありました。コンテナ載ってないと違和感マシマシですねー・・・。
逗子からは仙石東北ライン向けのHB-E210系が出場。2本まとめの甲種が3回に渡って運転されました。
デカパンの2037号機が充当されて話題になったりもしました。
そしてこの月には上野・東京ライン開業に向けて機関車の試運転が実施されました。今は亡きEF65-1106とEF65-1107の重単。3往復の予定でしたが撮り鉄が集まり過ぎたせい(らしい)で3往復目が中止になるというアクシデントもありました(そもそもなんで土曜日にやったんだこれ・・・)。
そして2015年を語る上で個人的には絶対に外せない出来事がありました。
185系OM08編成。157系風の国鉄特急色に塗装変更されて話題になった編成です。塗り替え直後は賛否両論ありましたが自分は一目見てこの編成の虜になりました。そんなOM08編成が2015年2月末の臨時特急「はちおうじ踊り子」をもって国鉄特急色での運用を終了し、ストライプ塗装に変更されることになりました。
心底絶望しました。自分が一番好きだった車両との別れは本当に辛いものでした。
最終運用の際はこんなサボが用意されました。ああ、本当に最後なんだなぁと。
OM08編成の塗装が変わったら撮り鉄やめようかなー、なんて考えたこともありました。それでも工臨があったから今でも続けているわけなんですが。その結果、189系M51編成という国鉄特急色のOM08編成亡き今、本気で追いかけたいと思う編成に出会うことができたのでした。
2015年2月は愛車との別れで幕を閉じました。
81→95→81→97→95・・・、と続いていくはずだったのですが97号機が8009レを牽いて青森まで着いた時点で故障して戦線離脱。その結果・・・
青森の138号機が代走するというとんでもない展開に(((
ちなみに故障した97号機は138号機に1往復代走してもらった後、無事に8010レを牽いて田端へ帰還。バリ晴れの空が97号機の復帰を温かく迎えました。優等運用に入った実績があまりない97号機。貴重な運用を記録できてなによりでした。
そしてこの月、「黒磯訓練」の客車を連結しての運転が終了しました。最後は今は亡きEF65-1106とEF65-1107が充当されました。田端からの最後のプレゼントでしょうか。ちなみに黒磯訓練自体は単機で現在もたまーに運転されているようです。
ここからダイヤ改正の話題。
2015年のダイヤ改正の一番のトピックは上野・東京ラインの開業。賛否両論あるみたいですが個人的にはものすごく便利になったなーと。
この改正で首都圏の貨物事情も大きく変わりました。EF64は首都圏運用が一気に縮小されて日中に撮影できる運用は片手で数えられるほどに。半年前に受け持った77レもこの改正でEF65に持ち替えとなりました。
そして北斗星の話題では、臨時化される際に客車が従来の札幌・尾久混結編成から尾久統一編成に変更。それに伴い最終1列車に使用された尾久の24系が札幌から尾久、最終2列車に使用された札幌の24系が尾久から札幌にそれぞれ返却されました。尾久車の返却は、札幌車の返却の際に使用する北海道のカニの送り込みを兼ねていたためカニ2両連結という珍編成になりました。
旅客釜の話題では長岡機関区のEF64-1052・1053が高崎に転属。38・39号機の置き換えという目的は容易に想像できましたが、ブレーキ関連の改造などがあったために完全な置き換えはもう少し先の話になります。
お目当ては石巻貨物。旋回窓デーテン最高でした。