一昨日の分です。
キヤE195系の運用開始で、従来の輸送形態に変化が生じている首都圏のレール輸送。その象徴とも言える列車が運転されたので、様子を見に行ってきました。
やって来たのは東海道線の平塚駅。2番線に「キヤ折2」の停止位置目標が設置されていました。少し下り方に行くと「キヤ折4」の停目も確認できました。
3番線にも同様に「キヤ折2」の停目が設置されていますが、「キヤ折4」の停目は見当たりませんでした。
停目は東神奈川駅に設置されていたものと同じタイプのもの。周りにはメモ書きのようなものも残っていました。
続いて3番線から東京方を望みます。E231系がいる線路が旅客線の下り本線で、その隣が駅の南側にある留置線に出入りする際に使用する引上線です。
さすがにホームからはっきりとは見えませんが、この引上線にも「キヤ折2」「キヤ折4」と思われる停目が設置されています。
で、2番線に移動。程なくして、本題が東京方からやって来ました。
工9893D 平塚工臨 キヤE195系ST-8編成 平塚
キヤE195系の導入で新たに登場した「平塚工臨」、なんとも新鮮な響きです。先程の「キヤ折2」の停目で停車しました。
ベタですが、駅名標と絡めて1枚。
荷票はこんな感じ。輸送番号は 浜-6 でした。そしてなにより、今回充当されたのはなんとST-8編成。
2020年9月17日の公式試運転でトラブルに見舞われ、測定車の座を降ろされたST-8編成。翌月のリベンジ試運転以降は動きが見られませんでしたが、ここで遂に実戦投入と相成りました。
で、エンド交換が終わり入換信号が開通。キヤの停目が設置された引上線へと向かっていきます。
この位置で停車し、再びエンド交換。
駅の南側にある留置線へと進入していきます。
この位置で停車し、エンジンが切られました。JRの運転士さんの乗務はここで終了のようです。ここでしばらく留置され、恐らく終電後だと思いますが、平塚駅の東側にある平塚保線技術センターの保線基地へと移動されます。留置線から保線基地までの移動の様子は見ていないのですが、たぶん今話題(?)の保守用車モードで移動したのではないでしょうか。
さて、この平塚工臨はキヤE195系の導入で新たに登場したと書きましたが、実は以前から平塚保線技術センター向けのレール輸送は行われていました。チキ車時代の「相模貨物工臨」と呼ばれていた列車です。
相模貨物工臨は東高島駅を拠点に運転されていた横浜支社向けのレール輸送で、その名の通り相模貨物駅まで向かう列車なのですが、実は荷受人は平塚保線技術センターでした。東高島駅から一旦相模貨物駅に向かい、終電後にモーターカーで平塚の保線基地まで移動、という段取りでレール輸送が行われてきました。
相模貨物駅よりも平塚駅の方が平塚の保線基地まで近いわけですが、駅の構造など諸々を考慮すると相模貨物駅にチキを留置した方が都合がいいので、チキ車時代は平塚保線向けのレール輸送を相模貨物工臨として運転していたのだと思われます。JR東日本向けのレール輸送なのに行き先が貨物駅なのはこういうワケがあった故のことでした。「相模貨物工臨」と「相模貨物行きレール臨貨」が存在するのもこれが原因です(相模貨物駅はJR貨物の持ち物)。ややこしいですね。
そんなわけで平塚保線向けのレール輸送は相模貨物工臨として運転されてきたのですが、工臨がキヤになったことで機回し等が一切不要になり、駅の留置線にも難なく入れるようになりました。こうなればわざわざ相模貨物まで行く必要はなく、平塚駅の留置線に置いておいた方が都合がいいはずです。
恐らくこんな背景から誕生したのが「平塚工臨」だったのではないでしょうか。
営業列車の合間を縫って留置線に入り、あとは保線技術センターの方々が基地まで移動させる。キヤE195系の特長が存分に発揮されている列車の1つと言えるでしょう。
機関車+貨車に比べて小回りが利くし、保線基地には自力で入線できるし…。新時代の工臨を担うのに相応しい車両だなと改めて実感しました。
以上、平塚工臨のレポートでした。
で、夜に再出庫してもう1本。
工9941D 韮崎工臨 キヤE195系ST-14編成 新秋津
人身事故でダイヤが乱れる中、懐かしの新秋津中線にキヤが入線。個人的にはなかなか衝撃的な光景です。
こちらは夜発送の韮崎工臨。かつては八王子駅を拠点に運転されていた列車ですが、キヤ化に伴い越中島貨物駅から韮崎まで直送となりました。八王子支社も複数の行き先をまとめて拠点駅まで持っていく従来のスタイルから各輸送先まで直行させるスタイルに移行したようです。短キヤ6本繋げて八王子工臨!!ってのも見てみたかったですが、どうやらそれは実現しなさそうですね…。
ちなみにこちらはST-14編成が登板。まだ運用入りしていない編成もある中、早くも2回目のレール輸送登板となりました。
この日はこれにて撤収。首都圏レール輸送の新時代を大いに実感した1日でした。
以上です。