れーるノート

首都圏のレール輸送といずっぱこ

2023/10/28 EL群馬県民の日・碓氷鉄道文化むらなど

先週の土曜日の撮影分になります。

 


 

先日は久々に碓氷鉄道文化むらへ。1人で行くのは悲しいので、夜勤明けの碓氷峠マニアを連行しました。

 

行きは高崎までグリーン車で爆睡。早朝は生憎の雨模様でしたが、高崎に着くころには天気も持ち直していました。高崎からは信越線で横川へ。久々に乗る区間ですが、普通列車で行くのも何なので…、

 

コレにしました。

 

9135 快速 EL群馬県民の日  EF65 501+旧型客車5両+C61 20 高崎

 

この手の列車は幾度となく撮影してきましたが、この度初めて乗る側に回ってみました。10月28日の群馬県民の日を記念して1年に一度だけ運転される「EL群馬県民の日号」です。1年に一度と言っても、見た目も運転時刻も「ぐんまよこかわ」とほぼ変わりません。ただ、ここ数年は牽引機にヘッドマークが付かないという、撮り鉄目線で非常に大きな特徴が1つあります。

 

また、年ごとに見ると編成のバリエーションが多種多様で、牽引機がSLとELだったりELとDLだったり、SLとELだったけどELがぶっ壊れてDLが救援に来た伝説の年もありました。客車も12系が使われたり旧型客車が使われたり。ちなみに昨年と一昨年は2年連続でDL+12系+ELという編成でした。

 

今年は2020年以来となる旧型客車での運転。そして何と言っても…、

 

昨年青15号に塗装変更されたスハフ42 2234が機関車の次位に連結されました。塗装が変わってから初めて見ましたが、なかなかカッコいいもんです。

 

往路の牽引機はPトップことEF65 501。EL牽引の年はEF65 501を使用するのが定番になりつつあるようで、今年も例によっての登板となりました。

 

さて、Pトップの周りをうろうろしているうちにいつの間にか発車時間に。5号車に乗り込み、初の客レ乗り鉄がスタート。スムーズな引き出しと久々に生で聴くSLの汽笛に魂を震わせつつ、一路横川を目指します。

 

窓を開けて風を浴びつつ、1時間ほどの乗車で横川に到着。上越線に比べてどうしても乗車時間の短くなる信越線の列車ですが、そこまで極端に短いなーとは感じませんでした。

 

降りる前に客車の内装をささっと撮りまして…、

 

目的地の横川駅に降り立ちました。最後に来た時はまだ115系が普通に走っていた気がするので、5~6年ぶりでしょうか…。

 

あれだけいた115系107系もいつの間にか全滅し、普通列車は全て211系での運行に。

 

それでも駅の景色は変わっていませんね。のんびりとした時間が流れる、いいところです。

 

復路の牽引を務めるC61 20。不調の噂が絶えず、離脱と復帰を繰り返している高崎の蒸機たち。末永く走り続けてほしいものですが…。

 

そしてPトップと青旧客。特急型機関車には少々不釣り合いかもしれませんが、こういうのは理屈じゃないですよね。カッコいい組み合わせです。

 

さて、ここからがこの日のメイン。約8年ぶりに碓氷鉄道文化むらに入園です。

 

10月28日は群馬県民の日ということで、入園料が300円となっていました。正直普段がいくらだったのかもよく覚えていませんが、破格のはずです。

 

入園後はまず一番奥を目指して園内を突っ切ります。お目当てはこの日限定のイベント、鉄道古物販売です。スタートが10時だったので方向幕等は売り切れていましたが、意外と色々残っていました。ちなみに碓氷峠マニアさんはEF63のフィルターと制輪子を購入していました。素晴らしいロクサン愛ですね。

 

部品の運搬準備が整ったところで、気を取り直して撮影スタート。まずは入口の正面に佇むクハ189 506と鉄道展示館。クハ189 506はもとN105編成の上野方先頭車で、碓氷越え下り最終の特急 あさま37号に充当された車両です。

 

そんなクハ189 506の前に設置された勾配標。日本の鉄道屈指の難所、碓氷峠に存在した最大勾配 "66.7‰" を示す勾配標です。横川~軽井沢間11.2kmに対する標高差553m、いかに過酷な条件であったかは想像に難くないはずです。そして、こんなにも過酷な条件下であっても鉄道を開通させ、走らせ続けたところに首都圏対長野間の輸送が重要視されていたことも垣間見えます。

 

この「碓氷鉄道文化むら」は新幹線開業の前日、1997年9月30日まで碓氷峠という交通の難所に挑み続けたものの魂が眠る鉄道テーマパークです。

 

さて、開業から廃止に至るまで多くの車両が行き交った碓氷峠ですが、やはり象徴的な車両と言われるとこの2形式が浮かびます。信越本線のフラッグシップ特急「あさま」に使用された189系、そして「峠のシェルパ」でおなじみのEF63です。

 

最末期に活躍した車両というのもそうなのですが、現役時代を見ていない我々世代としてはやはり2004年5月に発売されたプラレールサウンド連結 EF63&あさま」の影響が大きいのではないでしょうか。

 

伝統の「あさま色」を纏う189系はクハ189 5・モハ189 5の2両が保存されています。クハ189 5は旧N104の長野方先頭車で、こちらは碓氷越え最終上り特急 あさま38号に充当された車両です。モハ189 5はもとN207編成の電動車。どちらの車両もかつては旧信越本線丸山変電所付近の下り線にEF63 11+EF63 12+189系9両という当時そのままの編成(回送の都合で向きは逆転していたようですが)に組み込まれて展示されていたのですが、部品盗難や悪戯等が相次ぎ横川駅4番線に移動、最終的にEF63とクハ189 5・モハ189 5のみが文化むらで保存される形となりました。

 

 

そんな経緯を持つEF63 11とEF63 12が189系と肩を並べて静かに佇んでいます。歴史を語るのにたらればはタブーですが、心無い悪戯や盗難がなければまた違った形で展示されていたのかもしれませんね。

 

ところで、この日は群馬県民の日のイベントの一環で189系の車内公開が行われていました。

 

189系の車内から眺めるEF63。なかなかに贅沢な体験でした。碓氷峠マニア監修のもと、すれ違いをイメージした写真も撮影することができました。

 

さて、先ほど碓氷峠に挑んだものの魂が眠る場所だと書きましたが、

 

実はまだ生きていたりします。

 

碓氷鉄道文化むらの名物、EF63の運転体験。この日はEF63 24と25の重連でした。

 

 

日本で唯一本物の電気機関車を操れる施設ということで、その人気は計り知れないものがあります。碓氷峠マニア氏も全然予約が取れないと嘆いておりました。かわいそう。

 

そんな碓氷の全てを結集したこのテーマパークですが、碓氷峠とあまり所縁のない車両の保存・展示も担っています。

 

悲運のブルトレ牽引機 EF60 501と貴重なF型保存機 EF65 520。

 

常磐線の貨客列車牽引を担ったEF80 63と、峠は峠でも山陽本線の瀬野~八本松間、通称「セノハチ」越えの補機として活躍したEF59 1。

 

落成時のぶどう2号色を纏うトップナンバー EF63 1。

 

同じくぶどう2号色を纏う、碓氷越え本線用機関車の先行試作車EF62 1も展示されています。

 

変わったところでは蒸気機関車の姿も。1形式での最多製造記録を誇るD51形、故に保存車もとんでもない数が存在しますが、そのうちの1両である96号機がこの碓氷鉄道文化むらに展示されいます。

 

その後ろには1等寝台車マイネ40 11。のちに工事用の移動宿泊車 オヤ41 2に改造されましたが、展示にあたり復元されたそうです。

 

一般形気動車の先駆け的存在であるキハ35 901、操重車ソ300など、機関車以外の車両も数多く保存されています。

 

 

他にも貴重な車両が多数展示されているのですが、さすがに全て回り切ることはできませんでした。また来ればいい話です。

 

 

さて、歩き疲れたのでここらで昼食。一旦文化むらを出て、荻野屋 横川店に向かいます。注文したのはもちろん峠の釜めし。ご飯が美味しいんですよね、あのご飯だけでも無限に食べられる気がしてきます。

 

昼食後は再び文化むらへ。どうやら釜めしを食べている間に雨が降っていたようで…、

 

うっすらと虹が架かっていました。

 

さて、最後にご紹介するのは入口正面にある鉄道展示館。車両等の展示はもちろんのこと、EF63の運転台を使用したシミュレーターもプレイすることができます。展示館の入口にはEF63 10が鎮座しており、こちらは運転台を見学することができます。ちなみに、古物販売で碓氷峠マニアが購入したフィルターは、調査の結果この10号機のものであることが判明致しました。

 

「展示館」を名乗るものの、実際に使用されていた検修庫の姿をそのままに残しており、機関車マニアには堪らないエリアとなっています。

 

EF63 10のほか、EF62最終製造機の54号機、

 

 

末期にぶどう2号色に塗装変更された18号機が展示されています。この18号機の横川方運転台がシミュレーターになっています。

 

正直ここだけでも何時間でも滞在できそうです。

 

ヘッドマーク等の展示もあります。碓氷とはあまり所縁のない「さくら」「ゆうづる」は屋外の機関車に取り付ける用でしょうか…?

 

 

最後に運転体験に使用されたEF63の後片付けを見学。1日を通して不安定な天気でしたが、夕方にはまた太陽が出てきてくれました。

 

紅葉も相俟って、最後の最後で秋らしい景色を拝むことができました。

 

程なくして軽井沢方に連結されていた25号機と車掌車が11号機の後ろにやって来ました。翌日の運転体験は単機で行われるそうで、25号機はお休みになるようです。

 

このあと横川方に連結されていた24号機が車掌車だけを引っ張り出しまして、

 

駅の方へ。これで一連の入換が終了のようです。

 

ここまで見届けてタイムリミット。半日では足りないですね。必ずまた来ることを心に誓い、横川駅に戻ります。SLはとっくに発車しているので、帰りは普通電車に揺られて高崎へ。

 

高崎からはコレをチョイスしました。

 

9076M 特急 谷川岳ループ  185系B6編成 高崎

 

185系の臨時特急 谷川岳ループ号です。ほぼ撮影会要員のC1編成を除けば現役最後の185系となったB6編成、今季は臨時特急の設定が多かったので久々に乗車してみました。

 

この手の臨時列車は一昔前であれば快速でしたが、今となってはほとんどが全車指定の特急になっています。思えば上野~横川間は183系・自由席ありの臨時快速 碓氷とかいう神みたいな列車が走っていたわけですが…、これも時代の流れですね。

 

まあなんだかんだ言っても特急は特急。かつてのあかぎ10号…、には少し早いですが、200番代で上る高崎線は格別でした。

 

 

回9765M 185系B6編成 大宮

 

最後は大宮で回送を撮影。お祭り騒ぎを想像していましたが、そこまで撮影者もおらず拍子抜け。これくらいの頻度で走っていれば回送くらいでは人は集まらなのでしょうね。いいことです。

 

これでこの日の行程は終了。大宮の居酒屋で碓氷峠マニアと今後の展望とフィルターの保管方法について議論を交わし、帰路につきました。